アイドルのマネジメントは宗教を参考にしているか?

1) 1人よりグループ

神様仏様は複数いた方が良く、神様に格付けがあってもよい。阿弥陀如来と観音菩薩と神様同士の関わりに物語性を作れて信者を強く引き込むことができる。また単独の神様では信者は好き・嫌い分かれてしまうが、複数いることで推しメンを設定して信じることができるのだ。

2) フィギュア=仏像、 フィギュア職人=仏師

フィギュアを作って販売するのもよい。アイドルやアニメキャラクタのフィギュアやポスターを部屋に飾っておきたい欲求に訴えるのである。昔は仏師が仏像を作った。現在はフィギュア職人が作る。仏師もフィギュア職人も、職業人であって、何かを盲信する徒ではないだろう。

3) 免罪符=CD(投票券、握手券)

心理状況は異なるが、行動結果は同じである。免罪符を買えば罪を免れると多くの人が信じていたわけではないが、教会中心社会においては買わざるを得ない状況であった。現代のアイドルビジネスにおいては、「CDを1枚買っただけでは、本当のファンとは言えませんよ」という観念を上手く作っている。

4) 建前は救済である

宗教の建前は人々の救済である。日本土着の風習や神道では「救済」という概念はあまりなかった。人々は日々暮らす中で、救済を求めることがなかった。だから仏教でもキリスト教でも日本人に普及させるための前段階として「あなた達は苦しい状態にあるのです、助けが必要なのです」という観念の刷り込みが必要だった。まったく余計なお世話だ。

宗教で心が安らぐ人もいるし、アイドルに元気付けられる人もいる。一つ違うのは、宗教法人は税金が優遇されているが、アイドルビジネスは課税対象である。無名で信者の少ない小規模な宗教団体でも宗教法人格を取得して税金優遇で金儲けをやっており、ぜひとも参考にしたいものである。

5) 信者=信者

追いかけて、興奮と安らぎを得て、強迫観念があって、グッズ販売があって、聖地があって、推しがあり、出費に比例した愛があり、他から貶されれば腹が立ち、冷めた人もいれば、盲信の徒もおり、、、信者は信者である。
大昔に仏像を拝んでいた日本の人々が高尚な仏教徒であったと考えてはいけない。現代の男子が美少女アニメやアイドルグラビアをぽぉ~っと見るのと同じように、○○菩薩の綺麗な顔立ちと細い目を見ていたと考えた方がしっくりくる。

目を細めて前方やや下を見る仏像の姿と、現代のアイドルがやるアヒル口。

細くて長い指をいろいろな形に折り曲げた仏像の姿。BABYMETALのキツネポーズ(欧米ではバフォメットだが日本ではキツネだ)

6) 危険な宗教観

いかに救済するか信者を作るかが宗教とアイドルビジネスの肝である。

アイドルビジネスが俗世の金儲けで宗教が何か高尚なものかといえば、まったくそんなことはない。高尚ではないが資産的な基盤は強固である。

AKB48も神話を作って神格化プロデュースすることで、何百年後には本格的な宗教(現在の定義ではないよ)のようなものになっているかもしれない。

時間軸をずらして同じことを当てはめてみると、仏教はそうやってプロデュースされたものではないのか?神様とか救済とか誰それが日本に伝えて普及させたとか、物語性と神話性(もちろん史実も多いだろうが)がしっかりとできている。

宗教の真実をより深く知るには、副島隆彦氏の「隠された歴史 そもそも仏教とは何ものか?」が参考になる。