人間学、社会学、地球と宇宙の成り立ちまで

最近はこんな本を読んでいます
  

  

国力を上げるとは、本来国民一人ひとりの人間力を上げることを言います。

現在ではGDPという尺度を用いてお金に換算したものを国力と見る風潮があります。
一部のグローバリストは言います。国民一人ひとりはバカでもGDPが上昇すれば国力が上がったことになる。

今の日本国を見ておりますと、どうも国民一人ひとりの実力を伸ばすというよりは、テレビ、ゲーム、教育(!)などの手段でバカな状態に押さえているようにも思われます。*いやそうなのです。

さて、大人になったら勉強するもしないも個人の自由です。が、ここから本当の勉強が始まります。
勉強や読書が好きな人=行動を起こす人 という図式は成り立ちません。
さんざ本を読んで仙人のような知識を身に付けた上で、外部に何のアウトプットもせずに人生を終える人もいますから。

いったい何のための人生だ・・・と悩んだら運勢学、易経の勉強の始まりです。

人生の悩みの三分の一は無知なことによります。(引き算を知らないと買い物のおつりがあっているか悩むことになります)
私もまだまだ未熟ですが、多くの人が悩み苦しむことについて私は悩みません。知っているからです。
それだけ学ぶことを辞めてしまった大人が多いのかもしれません。

私は本の虫なのでもう読書は止まりません。
そして幸いなことに、知識を得て自分で考えたことを形あるものに作り上げる電子工学技術があります。
毛細血管の先の先の研究をするより、職業訓練的な研究をするより、広く浅く学ぶのもよいと思います。

第二次大戦前までは、1人で最初から最後まで作り上げられる電子装置が多くありました。
今は全て分業になってしまい、半導体は半導体プロセス、ソフトはソフト、設計は設計だけとなってしまったので、”私のような人間にとっては”全くものづくりが面白くありません。

点と点をつなぐ。学んで学んで何もせず死ぬのも良しと考えることもできますが、学んだこと(点)を全て結んでみたいという衝動もあります。日本は大衆をバカな状態にしておく3S政策を展開しているかもしれませんが、学びたい人にとってはいくらでも学べるありがたい環境だと思います。この環境を大いに利用しないてはありません。